安心のための取り組み~雑草対策編

2022.03.5

【食べる人の安心のための取り組み~雑草対策編~】

 

 

おはようございます☀️ビニールハウスの中が暑すぎてもう半袖で仕事をしている代表の星野和志です!(ハウスの中は昼間30度前後になります💦)

 

ビニールハウスにビニールを張ってから1週間が経ち、暖かくなるとスクスクと育ってくるのが【雑草】
特に今生えているのは、冬の寒さに耐えてきた草なので、根張りがかなり強いので小さいうちに退治しておかないと後々大変になってきます😣

 

 

 

 

ギアファームはぶどうハウスの中では除草剤を使わないため、管理機という機械を使った除草を行っています。祖父の代からのやり方で、スパイラルローターという土の表面だけを削ぐ専用の刃を取り付け、なるべくぶどうの根を傷めずに雑草だけを刈る方法です。

 

 

 

雑草が生えると問題になってくるのが、害虫と病気の温床になってしまうこと⤵️
またぶどうが使うための養分や水分を雑草が奪ってしまうことも良くないと考えています。

 

 

 

雑草の管理を徹底することで、病害虫を寄せ付けずに化学農薬の使用を最小限に抑えて、食べる人が安心なぶどうづくりに取り組んでいます🍇

 

 

↓管理機除草の様子を1分程度の動画にまとめたので是非ご覧ください!

 

 

 

 

ぶどうハウスにビニールをかけました!

2022.02.26

【ビニールハウスのビニール張り】

こんにちは!

いよいよぶどうづくりが本格的にスタートしてワクワクが止まらない代表の星野和志です。
今年もぶどう園のビニールハウスにビニールを張り始めました!

 

 

 

 

シャインマスカット・デラウェアの畑からスタートです😆
若干突風気味な風に苦戦しましたが、なんとか予定の8列(面積約14a=420坪)の屋根を張り終えました!

 

 

 
明日はピオーネ・クイーンニーナのハウスの屋根を仕上げる予定ですが、既に全員筋肉痛です(笑)
無事にビニールを張ることはできるんでしょうか?😅

 

 

No.2|ぶどう農家の継承ストーリー|祖父母から受け継いだ星のぶどう

2018.03.1

~振り返るギアファームの原点~

 聞き手:児玉志穂子

 雲南市加茂町。銅鐸が出土したその地は夏には蛍も出る、空気が澄んで水がキレイな土地。そんな加茂町の中でも出雲神話・古事記にも登場する斐伊川近くの山あい三代(みじろ)地区に、ぶどう栽培をしていた祖父母から孫の星野和志さんが受け継いだ小さなぶどう農園「ギアファーム」はあります。

 星野さんの祖父母のぶどう作りの起源は、昭和30年代半ばに遡ります。島根県でのぶどう栽培は戦後、繭価の低落による桑園からの転換などにより、昭和30年代に入ると急速な増植が行われました。三代地区でも、町をあげてぶどうの特産化を目指すことになり、度重なる視察や調査を経て野山の開墾が始まりました。この時、三代地区で農業をしていた星野さんの祖父母もぶどう作りをスタートさせます。最初は50アール、後に人から譲り受けた10アールと畑を広げ、朝から晩までひたすら働きました。台風、霜、雪など農業の宿命とも言える数々の天災に襲われたり、長雨の影響でぶどうが腐り収穫目前で破棄しなくてはならなかったりと、悔しい経験を乗り越え、立派なぶどうを作るために毎日毎日畑と向き合いました。視察をはじめ、ハウスや加温機の導入など、上質なぶどう作りのためのあらゆる努力をし、家族一丸となってひたむきに取り組んだ結果、様々な品評会で賞を受賞。それはそれは家族みんなで喜びました。

 平成2年、孫の星野さんが誕生します。活発な男の子で、祖父母のぶどう畑は格好の遊び場に。どんな遊びかというと畑の手伝いだったそうで、その頃から手押し車や農具を使うことを楽しんでいました。自宅の縁側で出荷作業をする曽祖父の横で、小さいながらにも一丁前にハサミも使ってお手伝いをし家族のみんなを驚かせたエピソードも。幼少期は農機具を使うことに面白みを感じていましたが、中学生ぐらいからは育てることに興味が湧いてきます。 使っていない畑で、まずは耕すところから挑戦。初めて作ったのは、花でもなく、野菜でもなく、果樹である夏みかん。これがギアファームの原点です。祖母から肥料や植え方を教えてもらいながら、作物第一号をスタートさせます。それからは、枝の剪定や成長ぶりを見に毎日畑に行き、大切に育てました。数年後、無事夏みかん栽培や祖母の畑の手伝い、田んぼで稲刈りなど、農業が生活の一部になっていきました。

 この頃には、将来は農業をするものだと思いはじめ、農業系の高校へ進学。植物の育て方を中心に学び、カヌー部に所属して高校生活を謳歌しました。卒業後はもちろん農業大学校へ。さらに土作りや肥料など基礎を勉強します。農業への実習もあり、ここでの体験が星野さんの探求心を刺激しました。より農業に就きたい気持ちが増し、農業へまっしぐらに突き進みます。農業大学校卒業後、最初は農業法人に勤めます。場所によって異なる育ち方、土の質など、学校の時には気がつかなかったことが山ほど。土や作物としっかり向き合う日々、農業の面白さが年々わかり始めた5年目。 突然、祖父が他界しました。祖母をはじめ、家族、一緒に走り続けてきたぶどう農家のみんな、悲しみに包まれました。実は、ちょうどこの頃、星野さんは祖父母がやってきたぶどう作りで農業をしたいと思い、祖父に栽培方法を聞こうとしていたところだったのです。状況が一変し、祖父からノウハウを直接聞けなくなってしまった上に、祖母だけでぶどう農園を維持するには負担が大き過ぎました。だからと言って無くすことは絶対にしたくない。祖母、地域のみんな、星野さんも同じ気持ちです。そこで決意します。

「今、ぶどう農園を受け継ごう」

 今までお世話になった農業法人を退職し、祖母や、同じ地域でぶどう作りをする師匠など周りの人に助けられながらぶどう農家としての一歩を歩み始めました。大切な土作り、枝の剪定、樹木の成長具合など徹底的に栽培方法を覚える日々が続きます。

 2017年1月、受け継いだ農園は、みんなの喜びを生む歯車になるように、ギアファームと名付けました。

 同年夏、星野さんが手塩にかけたぶどうは丸々と大粒に育ち、ギアファームとして初めての出荷をしました。綺麗な緑色をした実は、キラキラ輝いていて、1粒食べるとそのみずみずしさつい笑顔が生まれます。「品質のよいぶどう」を祖父母の代からバトンを繋いだ「ぶどう」。次は孫の星野さんによって「星のぶどう」となり、地域や人との繋がりを紡いでいきます。

「星のぶどう」が、やさしい気持ちと一緒に皆様に届きますように。

2017年 星のぶどう